新田義貞が陣した八国山の将軍塚
どんな伝承か
埼玉県の旧入間郡山口村、八国山の麓にある塚を将軍塚という。元弘三年五月、新田義貞が鎌倉を攻めるにあたって八幡神社に祈願し、この塚に陣を構えてついに鎌倉を攻め落としたと伝わる。『江戸名所図会』はこれを元弘元年五月のこととし、義貞が東西百歩を隔てて塚を築き、標を立てて備えとしたうえで越後や信濃の兵を集めたと記す。ほかに、分倍河原の敗戦で討たれた飽間斎藤氏を弔って築いた跡だという説も残る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。