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入定したとも伝わる意教上人の上人塚

所在地千葉県香取郡東庄町坊内原(上人塚)
年代嘉禎元年(一二三五)
登場意教上人
出典東庄町史 下巻

どんな伝承か

根方区の西福院は嘉禎元年に意教上人が開いた寺で、上人は亡くなったのち坊内原の上人塚に葬られたと伝わる。一方で、上人は生きたまま塚に入って入定したとする説もある。入定とは、自ら墓穴に入り、竹筒で息をしながら木の実などで命をつなぎ、念仏を唱えつつそのまま世を去る修行で、肉身のまま仏となる即身成仏を目指すものという。塚の中の上人はミイラとなって生き続け、弥勒菩薩が遠い未来に下ってくるとき、ともに衆生を救うために甦ると信じられた。この地方では笹川や小南の雲仁塚、溝原にも木喰の聖の話が残る。

原典より

嘉禎元年(一二三五)に、根方区西福院を創立した意教上人は、滅後、坊内原の上人塚に葬られたと伝えられている。—— 東庄町史 下巻(東庄町) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

東庄町史 下巻(東庄町)

『東庄町史 下巻』は、下総の香取郡東庄にあたる千葉県東庄町の町史下巻のうち、「民話・伝説」の項である。須賀山の地名伝説、高部と羽計の狐の祝言、城山の大蛇、花香稲荷縁起、黒部川と児塚の由来、干潟十八ヶ村の名付け、姥捨ての定命窪など十五の項を収め、小南の七不思議や東庄七井の一覧も含む。半数あまりの項に伝承地の区名を添え、『かぎろひ』記念特集号や『県民の森の歌』、「上代郷明細記」「東荘志」、旧家文書などの出典を記す。

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入定ミイラ弥勒菩薩

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