越後太田村の少女と赤面僧
どんな伝承か
寛政年間、越後蒲原郡太田村に住む十二、三歳の百姓の娘が、燕の町の祭礼見物に出かけ、連れの者とはぐれてしまった。人混みの中を探し歩いていると、顔の赤い一人の僧が現れ、連れ立って見物して回った。僧は娘が食べたい物、欲しい物を次々に与え、代金を払わずとも売り手は咎めなかった。娘はやがて家に帰ったが、その日から座ったまま遠くの物を欲しがると、たちまち品物が飛んできて目の前に現れるようになった。家人が娘を責めると家が鳴動し、器物がひとりでに飛び回って手がつけられなくなったが、娘をなだめると元に戻った。この怪異は一月あまり続いた後、いつともなく止んだという。
原典より
家人これを怪しみ、少女を責むれば忽ち家鳴動し、諸器物おのれと飛びて人力を以て制しがたし。—— 心霊現象の科学(小熊虎之助・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心霊現象の科学(小熊虎之助・1974年(昭和49年))
『心霊現象の科学』は、小熊虎之助が心霊現象を科学の立場から論じた研究書で、序とあとがきに昭和四十九年四月の日付がある。コックリ・自働書記・読心術・憑きものなどを心理学で説ける偽心霊現象とし、精神感応・交霊・千里眼・心霊物理現象を真実の心霊現象として心霊現象研究会の報告から吟味する。福来友吉が能力者とした三船千鶴子・長尾夫人・高橋夫人・三田光一の透視と念写は山川健次郎らの実験と照らして疑い、あとがきでは井上円了以来の研究史を概説する。