全身が膨れ髪の抜けた妻の神懸り
どんな伝承か
三河島に住むかね代は、大正十四年に入ると全身がむくみ髪がごっそり抜け、どの医者にかかっても治らず、近所では悪い病だと陰口をたたかれた。七月ごろから近くの不動堂に参るようになり、八月二十五日の晩、堂守の田中秀蓮に勧められて堂に泊まった。夜中にふと起き出して不動明王の掛軸の前で経を読むうち、腹の底から自分のものではない声が湧き出し、穂坂村の名主横森市兵衛だと名乗った。声は、この掛軸は三十六年前に六部に盗まれた横森家の宝で、早く返せと二時間ほど言い立てたという。
原典より
一旦床に就きましたが、夜半頃不圖限をさましたかね代女は、濁り起き出で、、右の不動明王の掛軸の前に跪坐して、熱心に不動經、並に般若心経を讀誦しはじめました。—— 二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年))
『二つの怪奇な心霊現象』は、浅野和三郎が著し、心霊科学研究会が昭和十五年に発行した記録で、昭和二十七年に再版された。前篇は弘化元年、土佐国長岡郡豊永郷岩原村で村人六十四人が狂乱し、祈禱が効かず藩の役人が空鉄砲と犬で取り押さえた事件を、野島通玄の記録『甲辰奇怪記』の現代語訳で紹介する。後篇は山梨県北巨摩郡穂坂村の旧家の娘かね代に曾祖父横森市兵衛の霊が懸かり、盗まれた不動明王の掛軸が戻った因縁を、著者の調査と甲州訪問記を添えて述べる。