石井ふゆ女の病源透視
どんな伝承か
大正四年の春から、横須賀に住む著者浅野和三郎の三男三郎は、昼前に熱が上がり日暮れに引く微熱が続き、東京の大家に診せても原因が分からなかった。十月の初めのある晩、妻が打ち明けたところでは、出入りの髪結いに勧められ、十日ほど前に内緒で三郎を女行者のもとへ連れて行ったという。行者は本名を石井ふゆといい、孝信教会の看板を掲げ、世間では三峯山と呼ばれていた。ふゆは子の体の中を見通したかのように、気管支の上の方にソラマメほどの傷があり、治りかけては崩れるのが熱の元だと告げ、十一月四日には平熱に戻ると請け合った。
原典より
何んでも氣管支の上部にソラマメ位の疵ができてゐて、それが癒りかけては崩れ、癒りかけては又崩れる。—— 心靈講座(浅野和三郎・心霊研究・講座・1928年(昭和3年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
心靈講座(浅野和三郎・心霊研究・講座・1928年(昭和3年))
『心靈講座』は、浅野和三郎が昭和三年に著した心霊研究の講義書である。催眠現象から人間に霊魂が宿ることを説き起こし、欧米の心霊研究の歩みをたどったうえで、物質化・心霊写真・直接談話・卓子浮揚・物品引寄・霊視・霊言・自動書記の各現象を、クルックスやモーゼスらの実験と記録に拠って検討する。第一講から第十講までと結論から成り、結論では心霊研究が人生や信仰に及ぼす影響を論じ、新霊魂説の七大綱領の訳を載せる。