山の怪
どんな伝承か
土佐長岡郡の奥、本山の吉延という谷には猪や鹿が多いが、時々不思議なことが起こるので気の弱い猟師は近寄らなかった。冬の初め、剛胆な猟師半兵衛が夜明け前に係蹄を仕掛けて待っていると、山蚯蚓を蛙が呑み、その蛙を小蛇が呑み、その蛇を大きな野猪が呑んだ。撃っても野猪は平然と去った。気味悪くなって帰りかけると、白い顎鬚の老僧が立ちふさがり、山刀で斬るたびに二人、四人と増え、ついには百人ほどが石を投げつけてきた。夢中で石を投げ返して我に返ると、そこは吉野川の河原で、自分の投げた小石に埋もれ血だらけになっていたという。
原典より
と、二つになって倒れる筈の老僧が二人になって並んで手を拡げた。—— 日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(二)(田中貢太郎・日本の怪談シリーズ)
『日本の怪談(二)』は、田中貢太郎が書いた怪談・奇談の短編集である。著者が「私の村」と呼ぶ土佐の海村の迷信を語る「鷲」のほか、高岡郡や長岡郡、野根山など土佐の話を多く含み、越中の放生津や立山、銚子の利根川口、京の寺町、摂津の味泥、館林の城下、江戸の碑文谷などを舞台に、蟹や蛇の怪、鮭の祟り、山姑、亡者宿、切支丹の妖術を物語の形で書く。「蟹の怪」から「鶏物語」まで二十八篇を収め、友人や土地の人から聞いた話として語る篇もある。