妖僧と妻の奇怪な出来事
どんな伝承か
縛られた僧は、昨夜泊まった幕府の脱走兵が脚絆を置いていったのだと弁明した。飯田は妻の右の二の腕にあるはずの腫物の痕を確かめさせ、女の袖をまくると、黒い小さな爪形の傷痕があった。僧を打ち据えさせると、うつろだった女が急に目を覚ましたように辺りを見回し、叫んで涙を流した。それは確かに妻の声であった。お高は、家にいたある日背の高い坊主に睨まれてから先は何をしていたか覚えていないと語り、飯田にすがって泣いた。妖僧は二、三日後に勝沼の官軍の手で殺されたが、その中にもう飯田の姿はなかったという。
原典より
妖僧は二三日して勝沼の官軍の手で殺戮せられたが、その官軍の中にはもう飯田の姿は見えなかった。—— 日本の怪談(田中貢太郎・河出文庫・1985年(昭和60年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の怪談(田中貢太郎・河出文庫・1985年(昭和60年))
『日本の怪談』は、田中貢太郎の怪談を昭和四十五年桃源社刊『日本怪談全集』から抜き出した文庫本で、昭和六十年十二月に河出書房新社から発行された。「宝蔵の短刀」「八人みさきの話」など土佐の城下や村の話をはじめ、江戸・京・吉野などを舞台にした幽霊・狐狸・猿・魔物の話を、会話の多い語り口で収める。二十七篇の後に尾崎秀樹の解説を付し、高知に生まれた作者の生涯と怪談・妖異譚への傾倒をたどっている。