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消えた二個の大石

所在地京都府京都市右京区嵯峨鳥居本小坂町(船形屋敷)
年代昭和五年
登場三田光一、田中作治郎
出典三田光一の念写と透視能力に関する研究記録

どんな伝承か

三田光一の霊覚記の終わりには、空海の没後、嵯峨上皇が祈願の地に大石を据えて記念としたと記されていた。福来友吉が三田に詳しく尋ねると、石は二つあり、一つは丹生都比売の神霊を安置したもの、もう一つは大師が腰掛けたものだという。いまの船形屋敷にそうした石は見当たらないが、三十年前の地主の田中作治郎によると、たしかに大きな石が二つあったものの、土地が人手に渡ってからどこかへ消えてしまったという。三田はまた、統一の最中に天皇の平癒を一心に祈る大師の姿がありありと見えたとも語っている。

原典より

氏の語る所によると、石は二個あつたので、其の一個は丹生都比賣明神の霊を安置したもの、他の一個は大師が腰を掛けられたものであると言ふことである。—— 三田光一の念写と透視能力に関する研究記録(福来友吉) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

三田光一の念写と透視能力に関する研究記録(福来友吉)

『三田光一の念写と透視能力に関する研究記録』は、福来友吉の著作から霊能者三田光一を扱う節を抜き出したものである。大正六年の通信による透視実験と、同年の名古屋の県会議事堂、大正七年の尼ヶ崎実科高等女学校、昭和四年末から翌年元日の日本地下水協会、昭和五年の京都嵯峨と牧野家での念写実験を、立会人や乾板の封じ方まで詳しく報告する。地下水協会と嵯峨の実験には著者の感想が付き、前節の透視実験の末尾、霊の幻化の章の序論、ホープ氏の節の冒頭も含む。

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