封印した名刺を読んだ千鶴子
どんな伝承か
明治四十三年四月十日から五日間、著者は京都大学の今村博士と共同で、熊本の清原猛雄の家で千鶴子の透視を実験した。千鶴子は一室で北を向いて座り、実験物を手に持って目を閉じ、深呼吸で精神を統一する。著者と博士は隣の部屋から襖を開け放ち、背後から一挙一動を見守った。十七回のうち四回は外れたが、十三回は完全に当たった。四日目には、五十枚の名刺から無作為に一枚を抜いて錫の茶壺に入れ、さらに木箱に収めて封印したが、千鶴子は十分前後の統一で名前を読み、四枚のうち三枚が完全に的中し、残る一枚も一字違いだった。
原典より
實瞼の場所は清原氏の住宅で、立會者は清原氏、今村博士こ私この三人であつた。—— 観念は生物なり(福来友吉・心霊・念写研究) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
観念は生物なり(福来友吉・心霊・念写研究)
『観念は生物なり』は、福来友吉が諸雑誌に発表した論文を集めた心理学と心霊研究の論集で、日本心霊学会刊、序は大正十四年春に箕面山の麓で記されている。観念と身体の関係、夢、潜在精神と病気、プランセット(自動書記)、狐憑病の伝染や尼寺のヒステリー、宮本武蔵の剣道などを論じる。明治四十三年以来接した御船千鶴子・長尾郁子・三田光一ら八人の通力者の透視と念写の実験も報告し、「観念と身体との関係」から「生命学と心霊研究」までの十四篇を収める。