華蔵寺沼で亡骸を知らせた雄鶏
どんな伝承か
水死した人の遺体が見つからないときは、鶏を舟に乗せて流すと、遺体の沈んでいる真上で鶏が鳴くので、そこを探せばよいとされた。明治の末ごろ、東村のある家の娘が華蔵寺沼に身を投げたことがあった。地元や村の人々、警察までが総出で捜したが、雨上がりで水が濁り、どこにいるのか分からない。そこへ雄鶏を舟に乗せてみてはと言い出す人があり、半信半疑で沼の中を漕ぎ回ると、鶏がしきりに鳴き始めた。その近くを丹念に探すと、はたして娘の亡骸が見つかったという。利根川や広瀬川の沿岸でも、同じ話がよく聞かれた。
原典より
すなわち水死体の沈むと思われるあたりに、鶏を舟に乗せて流すと、水死体の上で鶏がコケコッコーと鳴く。—— 伊勢崎市史 民俗編――俗信と伝説(伊勢崎市(編)・伊勢崎市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
伊勢崎市史 民俗編――俗信と伝説(伊勢崎市(編)・伊勢崎市史)
『伊勢崎市史 民俗編――俗信と伝説』は、伊勢崎市が編んだ市史民俗編のうち、俗信と伝説・昔話の節の抜粋である。オサキや水死体を知らせる鶏などの俗信と、赤城と日光の神戦、赤堀道玄の娘の入水、『神道集』の宮子の龍宮、義経や鎌倉権五郎にまつわる伝説を、『伊勢崎風土記』などの記録や土地の語りを引いて記す。伝説を赤城山・『神道集』・義経・権五郎・寺社・入定・城などの七類に分けて述べ、十二支由来などの昔話を続ける。