大蛇となった八郎満胤の怨みと救い
どんな伝承か
光仁天皇の代、群馬の郡の地頭である群馬の太夫満行の末子八郎満胤は、兄たちより優れていたため家を継ぎ、都で仕えたのち上野国の目代となって慕われた。これを妬んだ七人の兄は八郎を夜討ちで殺し、石の唐櫃に入れて高井の郷の蛇喰いの池の岩穴に沈めた。八郎の霊は大蛇となって兄たちとその一族を滅ぼし、国中を脅かしたので、毎年一人の生贄を出すことになった。小幡の娘海津姫が選ばれたが、宮内判官宗光が法華経を読むと蛇は怨みを解いた。大蛇は雷雨とともに下福島に降り、八郎大明神として現れたという。
原典より
ところで岩屋へ入った大蛇は、その夜、物すごい雷鳴を轟かし豪雨を降らせ、岩屋から出て、下福島の地にくだり、神の姿となって現れる。—— 伊勢崎市史 民俗編――俗信と伝説(伊勢崎市(編)・伊勢崎市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
伊勢崎市史 民俗編――俗信と伝説(伊勢崎市(編)・伊勢崎市史)
『伊勢崎市史 民俗編――俗信と伝説』は、伊勢崎市が編んだ市史民俗編のうち、俗信と伝説・昔話の節の抜粋である。オサキや水死体を知らせる鶏などの俗信と、赤城と日光の神戦、赤堀道玄の娘の入水、『神道集』の宮子の龍宮、義経や鎌倉権五郎にまつわる伝説を、『伊勢崎風土記』などの記録や土地の語りを引いて記す。伝説を赤城山・『神道集』・義経・権五郎・寺社・入定・城などの七類に分けて述べ、十二支由来などの昔話を続ける。