外山屋敷の封じられた社の怪
どんな伝承か
尾張家の外山の屋敷は広大なことで名高く、庭には東海道五十三次の景色を写し、山内の眺めもみごとだったという。将軍の御成りを前に奥向きから下見があり、屋敷の役人が案内した。人里離れた山里のような所に古びた社があり、錠が掛けてあった。頭取の夏目某は気丈な人で、なぜ封じてあるのかと尋ねると、昔から邪神を封じ込めたと伝わり開けたことはないという。御成りの際に尋ねられるかもしれないからと鍵を受け取って扉を開けると、夏目はひどく驚いてすぐに閉めた。のちに、面長なものが頭をぐっと突き出し、目の光があたりを照らして恐ろしかったと語った。根岸守信は、見てはならぬ品を先代が封じたのだろうと解している。
原典より
跡にて聞しに、何か面長成もの、頭をぐつとさし出せしが、眼の光あたりを照し、恐しといふも計りなしと、彼頭取のかたられるとなり。—— 科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・1948年(昭和23年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・1948年(昭和23年))
『科学的教養』は、小泉丹が昭和二十三年に春秋社から刊行した、科学的なものの見方を説く評論である。精確さ・合理性・実証の面から科学的と非科学的の違いを論じ、河童の記録や呪いの効き目、『耳袋』の怪異談、狐憑き、幽霊・化物屋敷、人魂・鬼火・怪火を例に、日本人のものの考え方を検討する。昭和十七年に書いた前版を戦後に改稿したもので、序と起序に続く七章から成り、旧稿の終わりの二章を除いたと序に記す。