美女木八幡の水鐘
どんな伝承か
美女木八幡社には大きな銅鐘があり、その由来に二つの言い伝えがある。一つは、七百年ほど前、下笹目の聖釜という池から怪しい音が響き、人々が凶事の兆しかと案じていたところへ旅の僧が来て経を上げると、鐘が二つ浮かび上がった。美女木の八幡様と川口の芝の八幡様へそれぞれ行きたいと鳴ったので、望みどおり納めたという。もう一つは、下笹目の夏浜にあった西勝寺釜で京都の僧が数珠を投げ入れると鐘と鰐口が掛かって上がり、鐘は美女木八幡を、鰐口は芝の八幡を恋しがって鳴ったという話である。この鐘は水鐘とも呼ばれ、つくと大水が出るので決してついてはならないとされる。
原典より
水鐘ともいわれ、鐘をつくと大水が出るという。—— 戸田市史 民俗編 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
戸田市史 民俗編
『戸田市史 民俗編』は、戸田市の市史民俗編から、第三節「伝説」だけを収めたものである。美女木・新曽・上戸田・下戸田・下笹目・惣右衛門の話者が語った、源頼朝の奥州征伐にまつわる美女木の地名のいわれ、下笹目の聖釜のヌシとカッパ、荒川に身を投げた女の地名、美女木八幡の鐘、弘法大師の石芋や弘法清水などを収める。説明伝説・歴史伝説・信仰伝説を広くとり、村・ホラ、石・岩、水、塚、祠堂、その他の六つに分け、各話の終わりに話者の地区を記す。