僧の護摩の灰がまかれた寺跡のおばけ田んぼ
どんな伝承か
昔、荒沢不動の近くにゼントウイン(善灯院)と養福寺という二つの寺があった。どういうわけか両寺のあいだで裁判沙汰となってゼントウインが負けたが、僧が政に関わるのはよくないとして両寺とも所払いとなり、ゼントウインは清瀬へ、養福寺は東へ移った。悔しさの収まらないゼントウインの僧は、手のひらの灯心に火をともして七日間護摩を焚き、その灰を寺の跡地の四隅にまいた。跡地は田にするなら差し支えあるまいと田んぼにされたが、そこにはいつも白いれんげ草が咲き、誰も気味悪がって摘まず、おばけ田んぼと呼ばれた。夕方に通ると青い大入道が出るともいわれ、戦時中に無理に田を作った人はまもなく気が狂ったという。
原典より
しかし、その田んぼには、いつも白いれんげ草が咲くようになった。—— 新座市史 第4巻(民俗編)――伝説と昔話(新座市(編)・新座市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新座市史 第4巻(民俗編)――伝説と昔話(新座市(編)・新座市史)
『新座市史 第4巻(民俗編)――伝説と昔話』は、新座市が編んだ市史の民俗編のうち、第四章「伝説と昔話」にあたる部分である。野火止の地名と在原業平の東下りを結ぶ伝説を『伊勢物語』や『新編武蔵風土記稿』などの記録とあわせてたどり、妙音沢・かしらなし・小僧ヶ淵・強清水などの場所をめぐる話、観音や地蔵の霊験・縁起の話を取り上げる。節ごとに解説を置き、『こども広報にいざ』などに載った再話や古老からの聞き書きを引く。