たまおち田――天狗党の大砲
どんな伝承か
天狗党が太平山に陣を張り、金品の取り立てを盛んに行った。馬を持つ者は、人里離れたおくまんさまに馬を隠して徴発を逃れたという。天狗党は人々を威圧しようと大砲を持ち込み、円通寺の参道に立つ杉の大木に縄で縛りつけて、宿の方角へ撃った。とどろく音とともに飛んだ玉は一丁ほど進んだだけで宿には届かず、田んぼの中に落ちた。それからその田をたまおち田と呼ぶようになったという。
原典より
それ以来、その田を「たまおち田」と言うようになった。—— 栃木市史 民俗編――伝説・民話(栃木市(編)・栃木市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
栃木市史 民俗編――伝説・民話(栃木市(編)・栃木市史)
『栃木市史 民俗編――伝説・民話』は、市史民俗編の第九章「言語伝承」のうち「伝説・民話」と「木遣り」の二節である。芝塚山の太刀割り石、有馬皇子とこのしろ、源義家や弘法大師にまつわる地名伝説、狐の嫁入りやむじなの怪、あづきっとぎなど、市内に伝わる伝説・民話と昔の子供の思い出を収める。前半の十一話には末尾に原話者(一部は採話者も)の名を記し、節の終わりに鳶の木遣りと田歌の詞章を載せる。