十の字――むじなの怪火
どんな伝承か
春先の夕暮れ、語り手は皆川の実家へ手伝いに行った母を迎えに出た。母は、東郷堀の向こうの砂利道を歩くと後ろからザクザクと足音がついて来て、待つと止まるので、むじなではないかと言った。その後も暗くなって東郷堀の橋を渡ると同じ足音を聞いた人がいたらしい。五、六年後、永野川の洪水で流れた橋の代わりに仮橋を作った帰りの夜、東郷堀のあたりに二十を超える灯が同じ間隔で並んで光り、迎えの人と話すうちにふっと消えた。のちに東郷堀で大きなむじなの死骸が見つかったという。鉄砲打ちが見せたむじなの腹には、白い毛で十の字が描かれていたという。
原典より
それから後、野分けの吹く頃に、東郷堀で大きなむじなの屍骸を見つけたという話を聞いた。—— 栃木市史 民俗編――伝説・民話(栃木市(編)・栃木市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
栃木市史 民俗編――伝説・民話(栃木市(編)・栃木市史)
『栃木市史 民俗編――伝説・民話』は、市史民俗編の第九章「言語伝承」のうち「伝説・民話」と「木遣り」の二節である。芝塚山の太刀割り石、有馬皇子とこのしろ、源義家や弘法大師にまつわる地名伝説、狐の嫁入りやむじなの怪、あづきっとぎなど、市内に伝わる伝説・民話と昔の子供の思い出を収める。前半の十一話には末尾に原話者(一部は採話者も)の名を記し、節の終わりに鳶の木遣りと田歌の詞章を載せる。