素戔鳴尊の大蛇退治と柳林の御殿
どんな伝承か
鬼怒川の左岸、絶壁の東に接する土地を、土地の老人たちは昔から「御殿」と呼び、近くの丘陵を「屋敷」と称してきた。ここにはかつて須賀社という大きな社があり、素戔鳴尊が八岐大蛇を奇計で退治した場所だと言い伝えられている。大沼神社の西には大蛇にまつわる「おろち山」の丘が残り、今も地中から「おろちのうなり」と呼ぶ不気味な音が聞こえるという。尊が奇稲田姫を娶って住んだ所を須賀と呼び、姫の父母の故郷「アフマ」が青沼に転じて今の大沼になったとも伝わる。伝説集の編者は、付近に古墳が多いことから、古代の首長の館跡が御殿と呼ばれたのだろうと見ている。
原典より
里人たちによると、その御殿の場所に以前須賀社という大きな社があったそうな。—— 真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話(真岡市(編)・真岡市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話(真岡市(編)・真岡市史)
『真岡市史 第5巻(民俗編)――伝説・昔話』は、栃木県真岡市の市史民俗編から、第十四章「口頭伝承」の第一節「伝説・昔話」を収めたものである。大だら法師の足跡、釜淵の燈籠、大前堰の人柱、へび娘など、五行川・鬼怒川・小貝川の淵や沼、社寺にまつわる伝説と、タヌキやキツネに化かされた話を、既刊の民話集・伝説集と新たな採話から集める。冒頭に口頭伝承の参考文献を掲げ、各話の末尾に典拠を記し、結びの「まとめ」で話を河川・社寺・沼・動物の別に整理する。