霊夢で掘り出された殉教僧の五輪塔
どんな伝承か
寛永十二年九月五日、幕府に邪宗として禁じられていた日蓮宗妙満寺派(什門派)の僧日浄らが磔にされたが、村人はひそかにその首を持ち帰って葬った。五輪塔も造ったものの、立てれば必ず役人に咎められるので土の深くに埋め、目印に杉の苗を植えた。明治になってこの派が公認されたのち、明治十一年七月五日に墓掃除をしていたとき、槍田岩五郎が杉の木のあたりを掘れという夢のお告げがあったと話すと、居合わせた二人も同じ夢を見たと言った。皆で掘ってみると五輪塔が現れ、銘に寛永十二年九月五日と日浄らの名が刻まれていたので、彼らの墓と確かめられたという。
原典より
五輪塔も造ったがこれを立てれば必ず役人にとがめられるので、それも併せて土中深く埋め目じるしとして杉の木の苗を植えた。—— 千葉市の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
千葉市の伝説(平野馨)
『千葉市の伝説』は、平野馨が千葉市内に伝わる伝説をまとめた文章である。日本武尊と弟橘媛、行基、千葉氏の祖と天女、源頼朝、徳川家康・家光にまつわる話を中心に、神社仏閣・塚・泉・池・橋・地名の由来や、千葉笑い・雨降かっこなどの行事の起こりを集める。四十三の短い項を古代から近世へおおむね時代の順に並べ、多くの見出しに町名を添え、ところどころに別伝や発掘調査の結果を書き添える。