河童を退ける桜田の九十九の焚き火
どんな伝承か
桜田に住む農夫は、田畑の仕事のかたわら栗山川などで魚を捕っていた。ある日、川を下って岩部の近くに網を仕掛けたあと大雨になり、夜明け前に見に行くと網は流されていた。九十九里浜の近くまで下ってようやく杭に掛かった網を見つけたが、引き揚げると網を食い破る河童がいっしょに現れた。男は棹で殴り、頭の皿を蹴りつけて河童を沈めた。その夏、桜田の子どもが栗山川で次々に引き込まれて溺れ、村人が熊野権現に祈ると、河童は皿が乾くのを恐れて火を嫌うから、九十九か所で火を焚き、もう一つ焚くぞと脅せばよいとのお告げがあった。それ以来、桜田では十二月の中の卯の日に、子どもたちが境内で九十九の焚き火をするオオビを行うという。
原典より
それから桜田では毎年一二月の中の卯の日に、オオビといって熊野権現の境内で子どもが九九か所にたき火をするようになったという。—— 大栄町史 民俗編(大栄町) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大栄町史 民俗編(大栄町)
『大栄町史 民俗編』は大栄町の町史の民俗編で、ここに収められているのは第六章「ことばと生活」第一節「伝説」の部分だけである。北総台地にある町内の地区ごとに、源頼朝の鞍掛けの松、城主大須賀氏・伊能氏の話、弁天様と道祖神、狐・狸・河童・大蛇の話、作男や長者の話、古墳の埋蔵金の話などを伝える。伝説は歴史・神仏・動物・人物に関する伝説と「トーカとムジナの話」の五項に分けられ、末項では狐に化かされた体験とムジナの火の話を「〇」の箇条で並べる。