遺書を読んで後を追った武田の遺児
どんな伝承か
横森家の暗い納戸に隠れて機会を待つうち、形勢は悪くなるばかりで、備中守はある夜遺書を書いて腹を切った。遺書には、名は明かせないが大切な子だから掛軸とともに預かり、跡継ぎとして平民に育ててほしい、亡骸は床下に埋めてほしいとあったという。横森家はその言葉どおりにし、子は養子として信一と呼ばれて育ったが、嫁を迎えて間もなく遺書を読んで自分の素性を悟り、同じく腹を切って後を追った。二人の亡骸は横森家の床下に眠ると、市兵衛の霊は語った。
原典より
たうとう備中守は、ある夜一通の遺書を認め、割腹して相果て、了ひました。—— 二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年))
『二つの怪奇な心霊現象』は、浅野和三郎が著し、心霊科学研究会が昭和十五年に発行した記録で、昭和二十七年に再版された。前篇は弘化元年、土佐国長岡郡豊永郷岩原村で村人六十四人が狂乱し、祈禱が効かず藩の役人が空鉄砲と犬で取り押さえた事件を、野島通玄の記録『甲辰奇怪記』の現代語訳で紹介する。後篇は山梨県北巨摩郡穂坂村の旧家の娘かね代に曾祖父横森市兵衛の霊が懸かり、盗まれた不動明王の掛軸が戻った因縁を、著者の調査と甲州訪問記を添えて述べる。