六部に盗まれた不動明王の掛軸
どんな伝承か
明治二十三年十月の初め、みすぼらしい身なりの六部が穂坂村にたどり着いた。横森家の人々は気の毒に思って三晩泊めてやり、当主の市兵衛は功徳になるだろうと、家に伝わる不動明王の掛軸を拝ませた。ところがこの六部は欲の深い悪人で、掛軸を見た途端にどうしても自分の物にしたいという思いに取りつかれた。三晩の後に別れを告げて去ったが、ひそかに引き返して家人の隙をうかがい、まんまと掛軸を盗み出した。掛軸はそこから長い放浪の旅に出たという。
原典より
三泊の後暇を告げて、横森家を辭去した彼は、こつそり逆戻りして來て、家人の隙を鶏ひ、首尾よくかの掛軸を盗み出すことに成功しました。—— 二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年))
『二つの怪奇な心霊現象』は、浅野和三郎が著し、心霊科学研究会が昭和十五年に発行した記録で、昭和二十七年に再版された。前篇は弘化元年、土佐国長岡郡豊永郷岩原村で村人六十四人が狂乱し、祈禱が効かず藩の役人が空鉄砲と犬で取り押さえた事件を、野島通玄の記録『甲辰奇怪記』の現代語訳で紹介する。後篇は山梨県北巨摩郡穂坂村の旧家の娘かね代に曾祖父横森市兵衛の霊が懸かり、盗まれた不動明王の掛軸が戻った因縁を、著者の調査と甲州訪問記を添えて述べる。