掛軸を失い怨みを呑んで死んだ当主
どんな伝承か
先祖伝来の宝を盗まれた市兵衛は、家の誰よりも心を痛め、先祖に申し訳が立たないとそればかり思い詰めた。八十歳の老人は警察に捜索願を出すなど手を尽くしたが、何の手がかりもないまま泣き暮らすうちに体が弱り、明治二十四年五月五日、深い恨みを抱いて世を去った。霊となって語るところでは、死んでから信玄公のお告げですべてを知り、掛軸を横森家へ取り戻したい一心で、生まれたばかりのかね代に憑いて長い苦労をさせたのだという。
原典より
彼は泣きの涙の中に、空しく一日又一日と暮しましたが、その中 が弱つて、翌明治二十四年五月五日に、絶大の怨みを呑んで残して了つた。—— 二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年))
『二つの怪奇な心霊現象』は、浅野和三郎が著し、心霊科学研究会が昭和十五年に発行した記録で、昭和二十七年に再版された。前篇は弘化元年、土佐国長岡郡豊永郷岩原村で村人六十四人が狂乱し、祈禱が効かず藩の役人が空鉄砲と犬で取り押さえた事件を、野島通玄の記録『甲辰奇怪記』の現代語訳で紹介する。後篇は山梨県北巨摩郡穂坂村の旧家の娘かね代に曾祖父横森市兵衛の霊が懸かり、盗まれた不動明王の掛軸が戻った因縁を、著者の調査と甲州訪問記を添えて述べる。