明石鯛を東郷元帥に届ける
どんな伝承か
好きな食べ物を尋ねると、東郷元帥は昔から鯛の刺身だと答えた。そこで著者は大阪の料理屋たつみ屋に電話し、翌朝の雑喉場で一番生きのよい明石鯛を二尾買って飛行便で送ってほしいと頼んだ。元帥を崇拝する主人は、自分も料理道具一式を持って飛行機で東京へ行くと言って聞かず、翌朝、桜色に光る見事な鯛とともにオートバイで著者の家に着いた。元帥邸で主人が生き作りにした刺身は親族一同で味わわれ、元帥はもったいないからアラも取っておいてと言い、著者に丁寧に礼を述べた。主人は古い湯殿の質素さに泣いたという。
原典より
たつみ屋はあとですっかり感激しちゃって、あの鯛も光栄なやっちや、元帥さまにアラまでたべてもろてと自慢がうるさかった。—— 私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・1955年(昭和30年))
『私の心霊術』は、長田幹彦が昭和三十年に著した心霊研究の随筆集である。死後に残る霊や地獄・極楽をめぐる考えを述べ、熊本の家系や安達謙蔵との交わり、東京放送局の文芸顧問だったころの回想、霊友会など戦後の新興宗教への批判、前著『霊界』への反響と自らの信仰を語る。「心霊科学の来世観」「霊界の構造」「ぼくの信仰」などの章からなり、末章「ある霊媒の生態」では霊媒服部との実験とそのトリックの顛末を描く。