かくれ田で討たれた浪士の首なし塚
どんな伝承か
岩富には「首なし塚」の言い伝えがある。桜田門外の変のころ、追われる身となった水戸浪士の残党が岩富まで逃げ延び、岩井豆腐屋で豆腐を買っていたところを追手に見つかった。村はずれまで逃げて田の中に身を潜めたが、そこでも見つかって首をはねられた。村人はこの田を「かくれ田」と呼んで忌み嫌い、寺の持ち物にしたという。残党の首は、当時名主を務めていた家の者が一晩見守ったのち、翌朝堀田藩から差し向けられた役人に渡され、亡骸を葬った場所が首なし塚と呼ばれるようになった。
原典より
たまたま岩井豆腐屋で豆腐を買っているところを追手にみつけられ、村はずれまで逃げて、田んぼの中にかくれているところをみつけられ、打ち首になった。—— 佐倉市史 民俗編――伝説・怪異(佐倉市(編)・佐倉市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
佐倉市史 民俗編――伝説・怪異(佐倉市(編)・佐倉市史)
『佐倉市史 民俗編――伝説・怪異』は、千葉県佐倉市の市史の民俗編のうち、第七章「民俗知識」と第八章「口承文芸」の伝説の節である。市内で採録した吉凶の予兆やまじない、民間薬、天気の言い伝えと、狐や狸の化かし、デーダラボーの足跡、岩富の首なし塚、天狗、狐火、印旛沼のカワボタルなどの伝説を収める。伝説は文化財保護委員会の分類に倣って自然伝説・歴史的伝説・信仰伝説に分け、終わりに村々の禁忌を置く。