小沼の主になった蛇体の娘
どんな伝承か
赤堀道元の娘は器量よしだったが、生まれつき蛇の体をしていて、土蔵の中で暮らしていた。かねて赤城山へ行ってみたいと口にしており、あるとき近所の人たちと連れ立って赤城へ登った。小沼まで来ると、喉が渇いてたまらないと言って沼の水を飲み、そのうまさに気持ちがよくなった。娘は世話になった礼を述べて皆に別れを告げ、蛇の姿に変わって小沼へ消えていったという。小沼の主はこの娘だとされ、そのとき十六歳だったことから、昔の人は十六の娘を赤城へ登らせるなと戒めたという。
原典より
近所の人にいうことに、おらあ、みんなに世話になったが、こんないいところへきたから、おらあ、みんなとわかれるからといって蛇体になって小沼へ消えたという。—— 宮城村の民俗――伝説・口頭伝承(群馬県民俗調査報告書 第23集・群馬県民俗調査報告書) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城村の民俗――伝説・口頭伝承(群馬県民俗調査報告書 第23集・群馬県民俗調査報告書)
『宮城村の民俗――伝説・口頭伝承』は、群馬県民俗調査報告書の第二十三集として宮城村の民俗をまとめた報告のうち、「口頭伝承」の章の「はじめに」と伝説・昔話の部分を収めたものである。赤城の麓の柏倉・三夜沢・鼻毛石・苗ヶ島・大前田などで聞いた話を、語り口を残した聞き書きと短くまとめた条とで記し、採集地を括弧で添える。俵藤太のムカデ退治や小沼の主となった赤堀道元の娘、地名や石の由来の伝説に続き、食わず女房や馬鹿婿などの昔話を並べる。