ムカデ山と俵藤太の矢
どんな伝承か
柏倉のムカデ山は、昔大ムカデがすみついていた山で、俵藤太が矢にツバキをつけて射かけ、退治したと伝えられる。山頂には南向きの石の宮があり、十二様かもしれないという。年の暮れには古い幣束を新しいものと取り替え、まとめて納めていた。近年、土を採るために山が崩されたため、石の宮は南の麓の道路わきへ移された。藤太が射抜いたのがムカデの目だったせいか、赤城の麓には両目ともよく見える人はいないと言い伝えられている。
原典より
藤太がムカデの目を射たためか、赤城下には目のショウロクの人(両目がしっかり見える人)はいないという。—— 宮城村の民俗――伝説・口頭伝承(群馬県民俗調査報告書 第23集・群馬県民俗調査報告書) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城村の民俗――伝説・口頭伝承(群馬県民俗調査報告書 第23集・群馬県民俗調査報告書)
『宮城村の民俗――伝説・口頭伝承』は、群馬県民俗調査報告書の第二十三集として宮城村の民俗をまとめた報告のうち、「口頭伝承」の章の「はじめに」と伝説・昔話の部分を収めたものである。赤城の麓の柏倉・三夜沢・鼻毛石・苗ヶ島・大前田などで聞いた話を、語り口を残した聞き書きと短くまとめた条とで記し、採集地を括弧で添える。俵藤太のムカデ退治や小沼の主となった赤堀道元の娘、地名や石の由来の伝説に続き、食わず女房や馬鹿婿などの昔話を並べる。