勢多の唐橋と矢田の地名
どんな伝承か
大崎仙太郎の弟、勢多五郎が伊勢参りに出かけたとき、近江のあたりで旅人と行き合い、瀬田の唐橋の話を聞かされた。五郎は、こちらの橋は大きいだけでいわれがないと言い、自分の土地の勢多の唐橋こそ大したものだと語った。そばには赤城神社があり、俵杉も立っている。昔、矢田のあたりは一面の湖で通ることができなかったが、にわかに橋がなくなってしまったので「ヤダナア」と口にし、それからその地を矢田と呼ぶようになったという。
原典より
大崎仙太郎の弟に勢多五郎がいて、伊勢詣りに行った時、近江国の付近で旅人に行き合い、勢多の唐橋の話を聞かされた。—— 宮城村の民俗――伝説・口頭伝承(群馬県民俗調査報告書 第23集・群馬県民俗調査報告書) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
宮城村の民俗――伝説・口頭伝承(群馬県民俗調査報告書 第23集・群馬県民俗調査報告書)
『宮城村の民俗――伝説・口頭伝承』は、群馬県民俗調査報告書の第二十三集として宮城村の民俗をまとめた報告のうち、「口頭伝承」の章の「はじめに」と伝説・昔話の部分を収めたものである。赤城の麓の柏倉・三夜沢・鼻毛石・苗ヶ島・大前田などで聞いた話を、語り口を残した聞き書きと短くまとめた条とで記し、採集地を括弧で添える。俵藤太のムカデ退治や小沼の主となった赤堀道元の娘、地名や石の由来の伝説に続き、食わず女房や馬鹿婿などの昔話を並べる。