尾州屋敷の数百年狐と大工
どんな伝承か
尾張藩の屋敷の白書院の庭には老松が数株あり、その根の穴に古くから狐が住んで、扶持をあてがわれ餌を供えられていた。文化十年の修復に来た市ヶ谷の町家の若い大工が、松陰の古桶を見て狐の餌と聞き、飯ばかりでは飽きるだろう、うちへ来ればうまい物を振る舞うと口にした。その夜、大工に狐が憑き、尾張の庭の狐だと名乗った。小豆飯を出すと喜んで食べ、秀吉の頃から住んでいると語った。落ちるよう頼むと、門限を過ぎたので朝まで置いてほしい、塀は越えられるが掟は破らないと答えた。子が増えて餌が足りないとも言うので、尾張の役人が扶持を加えたという。
原典より
尾州御館の白書院とかや、御庭老い繁れる松両三株ありて、其根に穴あり、年久しく住める狐ありて、…—— 科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・1948年(昭和23年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・1948年(昭和23年))
『科学的教養』は、小泉丹が昭和二十三年に春秋社から刊行した、科学的なものの見方を説く評論である。精確さ・合理性・実証の面から科学的と非科学的の違いを論じ、河童の記録や呪いの効き目、『耳袋』の怪異談、狐憑き、幽霊・化物屋敷、人魂・鬼火・怪火を例に、日本人のものの考え方を検討する。昭和十七年に書いた前版を戦後に改稿したもので、序と起序に続く七章から成り、旧稿の終わりの二章を除いたと序に記す。