将軍の鷹を介抱して罰された源十郎
どんな伝承か
ある時、将軍が大勢の家来を連れて閑馬の近くまで鷹狩りに来て、大切にしていた鷹を見失った。家来たちは探しあぐね、後を代官に任せて帰った。やがて深手を負った鷹がかすみ網にかかっているのを、村で人望の厚い百姓の源十郎が見つけ、連れ帰って懸命に手当てしたが、二日ほどで死んでしまった。三日後、鷹を捜す代官所の役人が源十郎の家のあたりまで来て、口をつぐむ村人を殴る蹴るして責め立てた。見かねた源十郎は自ら名乗り出て一部始終を話したが、逃げたときには傷など無かったと言われ、殺したと決めつけられて、一家全員が死罪となった。源十郎は釜ゆでにされ、家族も裏山で命を奪われたが、村人は乳飲み子をひそかにかくまい、後に家を再興させたという。村人が建てた石像は今も栗木内の石祠にまつられている。
原典より
源十郎は釜ゆでの刑に、家族は裏山のあたりで悲憤の涙を飲んで殺されたが、村人たちはひそかに乳飲み子を某家にかくし、成人して後に源十郎家を再興させたといわれる。—— 田沼町史 第1巻(自然・民俗編)――伝説(田沼町(編)・田沼町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
田沼町史 第1巻(自然・民俗編)――伝説(田沼町(編)・田沼町史)
『田沼町史 第1巻(自然・民俗編)――伝説』は、田沼町が編んだ町史第一巻のうち、伝説の節の大半とことわざの節の冒頭を収めたものである。僧や鎧の祟り、神社の霊験、佐野宗綱の出陣、藤原秀郷ゆかりの井戸、義民、地名の由来、落人、寺社の縁起など、町内各地に伝わる話を地名や家名とともに記す。伝説は英雄偉人・義民・地名・落人・寺社縁起などの項に分けて並べ、ことわざの節は調査員の協力で集めたものを五十音順に掲げるが、いの項で終わっている。