十九夜講と安産祈願
どんな伝承か
坪を単位に祀る安産の信仰に十九夜講がある。若い女たちが毎月一度、宿の都合のよい日に集まるもので、一九日が多く、無理なときは二四日に行った。お産が軽く、子が丈夫に育つよう地蔵に祈り、子の生まれる家は月例とは別にもう一度講を頼んだ。三反田の圷組の野中坪では、坪内一〇戸の婦人が毎月集まって地蔵に安産を願い、これを十九夜と呼んだ。産む人があればその月の一日か二日に宿へ呼んで供養し、鉦を打ちながら帰命頂礼と念仏を唱えた。姑の話なども出る気安い集まりで、跡取りの嫁が来ると嫁と入れ替わって抜けた。長砂でも十九夜地蔵と呼んで念仏をし、年に一度は十九堂参りと称して寺へ出かけた。
原典より
お産が軽くなるように、子どもが育つようにとお地蔵様に祈ったもので、子どもの生まれる家では、毎月十九夜講のほかにもう一回別にやってもらった。—— 勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史)
『勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神』は、勝田市の市史の民俗編のうち、「信仰生活」の部の一部である。鎮守祭礼の移り変わりに続いて、屋敷神や同姓の家々で祀るウジガミと系図祭り、カマド神やエビス・大黒などの屋内の神々、病気や安産の祈願を集める小祠を、市域のムラでの調査と聞き取りによって記す。後半では流行神として上高場の六地蔵、腹切り佐七、塚信仰、東石川大島の無縁様を取り上げ、その由来と信仰の広がりをたどる。