つつじ神様(無縁様・鳴神様)
どんな伝承か
東石川の大島で大山福男家が持つ無縁様は、つつじ神様、ナルガミ(鳴神)様とも呼ばれる。大正の初めまでは勝村七之介家の土地にあり、勝村家の伝えでは、名主の家のオバアサンが食事中、通りかかった六部が雷に打たれて倒れ、これを無縁仏として祀ったという。堀口の光明寺住職が作った和讃は、寛永十五年に成田詣りの帰りの奥州仙台の熊吉がここで命を落とし、墓に手向けたつつじが根づいて大株になったと語る。外野の病人が馬渡のワカサマの言葉で参って病が治ったのを機に、大正一〇年ごろ急に流行した。病気や安産、戦時は武運長久、近年は受験合格が祈られている。
原典より
このつつじが大きな土まんじゅう塚の上に一株あって、高さ四メートル余り、根元から八八本にわかれているとされるのである。—— 勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神(勝田市(編)・勝田市史)
『勝田市史 民俗編――小祠の信仰と流行神』は、勝田市の市史の民俗編のうち、「信仰生活」の部の一部である。鎮守祭礼の移り変わりに続いて、屋敷神や同姓の家々で祀るウジガミと系図祭り、カマド神やエビス・大黒などの屋内の神々、病気や安産の祈願を集める小祠を、市域のムラでの調査と聞き取りによって記す。後半では流行神として上高場の六地蔵、腹切り佐七、塚信仰、東石川大島の無縁様を取り上げ、その由来と信仰の広がりをたどる。