寺田マケの幟を立てぬ正月
どんな伝承か
寺田マケは皆将門の家来だったと伝えられ、家には刀を押さえるサス又や龕灯提灯、刀が一振り残るという。その名残で正月の門松は華やかにせず、松を束ねて転がしておく。節供にも幟や鯉幟を立てない。幟を立てれば吹き流しをやることになるのが良くないといい、大正の始め頃まで鯉幟を立てる家はなかった。将門の残党が詮議を逃れて世を忍んだからだとも語られる。成田山には絶対に参らず、板橋の不動へ参るという。
原典より
寺田マケは皆その将門の家来だって、皆言ってるんですよ。—— 取手市史 民俗編2――将門伝説・怪異(取手市(編)・取手市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
取手市史 民俗編2――将門伝説・怪異(取手市(編)・取手市史)
『取手市史 民俗編2――将門伝説・怪異』は、取手市の市史民俗編のうち、俗信の箇条の末尾に続く第四節「伝説」・第五節「不思議な話」・第六節「祟り」を収めた部分である。市内各地区での聞き取りを話し言葉のまま書き起こし、長い四話は『取手町郷土史資料集 第一集』から抜粋する。将門と桔梗御前の伝説、地蔵・社寺・樹木の伝説、狐やムジナ・化け猫・幽霊・タマセの話に続き、忌田や祟り山の話を所有者名と地区を伏せて載せる。