為朝の矢が落ちた六角の井
どんな伝承か
保元の乱に敗れて伊豆の大島へ流された鎮西八郎為朝は、無聊のあまり海辺に出て、鎌倉の方へ向けて渾身の矢を放った。矢は相模灘をひと息に越え、小坪との境にある六角の井戸に落ちた。水面には矢羽根だけが浮かび、井戸をさらうと二十センチほどもある大きな矢の根が見つかったので、これほどの矢を射るのは為朝だろうと人々は語り合った。のちに井戸替えでその矢の根を鎮守の住吉明神に納めると、日照りでも涸れなかった井戸が涸れ、元へ戻すと再び清水が湧いたという。海のそばなのに塩気がないのも為朝の矢の根のおかげと信じられ、六角の井は矢の根井戸とも呼ばれる。
原典より
ところが、どんな日照りにも涸れることのなかった井戸が涸れてとうとう水が出なくなってしまった。—— 逗子市史 別編1 民俗編――伝説(逗子市(編)・逗子市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
逗子市史 別編1 民俗編――伝説(逗子市(編)・逗子市史)
『逗子市史 別編1 民俗編――伝説』は、逗子市の市史のうち、別編第一巻の民俗編にあたる巻の一部である。池子・沼間・桜山・小坪・久木・山の根など市内の土地に伝わる伝説を収め、和泉から来た一行が金を埋めたという金山権現、行基の十一面観音と大蛇、六代御前の墓、為朝の矢の根井戸、頼朝と新箸の宮、河童松、お夏狐などの話を記す。伝説の章の末に河童や狐、庚申の夜の短い話を添え、続く方言・訛語の章では逗子の語彙を五十音順に並べる。