炭を歯にくわえた気合術師の種明かし
どんな伝承か
前年の五月、神田の青年会館で開かれた気合術師の心霊実験会でのこと。一座の一人が真っ赤に熾った炭を火箸でつまみ出し、それを口にくわえて息を吹いてみせた。客席は大いに沸いたという。しかし筆者はこれを取るに足らぬ見世物と切り捨てる。唇ではさんだのなら驚いてよいが、実際は歯でくわえたにすぎない。歯の表面をおおう琺瑯質は瀬戸物に近い硬さで熱を通しにくく、その内側の象牙質や白堊質を経てようやく神経に届く。熱いものを口に入れて唇や舌をやけどすることはあっても、歯をやけどした話は聞かない、というのである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
變態心理と犯罪(中村古峽)
『變態心理と犯罪』は、雑誌『變態心理』を主宰した中村古峽による変態心理学の論集である。二重人格・夢遊病・狐憑き・神隠し・催眠術を心理学の立場から解き、大本教・天理教・金光教の神懸りを妄想や人格変換として退け、霊能を称する火渡りや針刺しなどの実験の種を明かす。終わりには迷信や二重人格のからむ大正期の犯罪事件の実話を収め、著者自身の被験者や綾部の大本教訪問の見聞も例に引く。