効験なく終わった阿弥陀堂の祈祷
どんな伝承か
乱心が広がると、栗生村の定福寺の真言僧が岩原村の阿彌陀堂に陣取り、昼も夜も祈禱を続けた。仕掛けは大がかりで、どんな悪霊も逃げ出しそうに見えたが、効き目はさっぱりで、祈禱の最中にはかえって暴れ方がひどくなった。人々は髪をざんばらにして、神代のことや源平の合戦の次第を脈絡もなく大声で叫び立てた。読み書きもできない山奥の村人がなぜそんなことを語るのか見当もつかず、乱心者の数は四十人余りに増えたという。
原典より
定福寺は岩原村の阿彌陀堂に於て、祈禱を修して居りますが、なか/\仰山な仕掛で、いかなる悪靈邪鬼も退散しさうに見えますが、しかしその効験は意外に薄く、祈禱最中一同の暴ばれ方は、一層物すごいものがあります。—— 二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
二つの怪奇な心霊現象(浅野和三郎・1940年(昭和15年))
『二つの怪奇な心霊現象』は、浅野和三郎が著し、心霊科学研究会が昭和十五年に発行した記録で、昭和二十七年に再版された。前篇は弘化元年、土佐国長岡郡豊永郷岩原村で村人六十四人が狂乱し、祈禱が効かず藩の役人が空鉄砲と犬で取り押さえた事件を、野島通玄の記録『甲辰奇怪記』の現代語訳で紹介する。後篇は山梨県北巨摩郡穂坂村の旧家の娘かね代に曾祖父横森市兵衛の霊が懸かり、盗まれた不動明王の掛軸が戻った因縁を、著者の調査と甲州訪問記を添えて述べる。