中島を舞木村と改めた地名の由来
どんな伝承か
舞木という地名には二つの由来が伝わる。一つは、昔中島に舞木太郎という人がいて、その名を取ったというもの。もう一つは、藤原長良が羽生の猪熊森高を攻めたとき、中島の地に祭壇を設けて出陣し、帰ってくると何かが空中に舞い上がったので、それにちなんで中島を舞木村と改めたというものである。
原典より
そのため中島を改めて舞木村としたという。—— 千代田村の民俗――伝説・世間話(群馬県民俗調査報告書 第14集・群馬県民俗調査報告書) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
千代田村の民俗――伝説・世間話(群馬県民俗調査報告書 第14集・群馬県民俗調査報告書)
『千代田村の民俗――伝説・世間話』は、利根川沿いの千代田村で行われた民俗調査の報告から、言語伝承の章を中心に抜き出したテキストである。赤岩・舞木・瀬戸井・福島などで聞いた長良神社や光恩寺、片目の白蛇、カクレザト、河童の伝説と、オトカ(狐)に化かされた話、大食・大力・変わり者の世間話、諺や洒落を、採集した集落名を括弧で添えて短く記す。冒頭には正月の松飾りと大晦日の行事の記事が、途中の文から始まる形で残る。