蛇塚の供養石
どんな伝承か
蛇橋の大曽根側には、話者が子供のころまで蛇塚の供養石が建っていた。ところがいつの間にかその石が見えなくなり、てっきり川へでも落ちてしまったのだろうと思っていた。それからしばらくして、花又の島田さんの家の手前に蛇塚の供養石があるという噂を耳にした。けれども、本当にそこにあるのかを自分の目で確かめたことはないという。大曽根西の話者が語った、蛇塚の供養石のその後の話である。
原典より
蛇橋のこっちがし(大曽根側)に蛇塚の供養石が、子供のころまで建っていた。—— 八潮市史 民俗編――伝説・怪異(八潮市(編)・八潮市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
八潮市史 民俗編――伝説・怪異(八潮市(編)・八潮市史)
『八潮市史 民俗編――伝説・怪異』は、埼玉県の『八潮市史』民俗編から伝説の部分を収めたものである。市内の各地区で聞き取った稲荷火や狐の嫁取り提灯、狢・河童・蛇の話、徳川家康の鷹狩りにちなむ地名や塚の由来、地蔵や人魂、念仏橋の話を、話者の言葉づかいのまま地区名を添えて並べる。概説のあとに自然伝説・歴史伝説・信仰伝説の三つに分け、話の群ごとに『日本民俗事典』や『武蔵の伝説』などを引いた参考を付ける。